Top>本当は怖い過食症

11年ストップ・そして再発

女性 主婦 39歳 O型 京都府
私がどれだけ過食嘔吐で苦しんできたかを知ってください。
私は今、39歳、小学生の娘2人をもつ母親で、夫も入れて4人の核家族です。
私がダイエットを始めたのは高校2年生のころです。
小さいときからぽっちゃりしていて、体型に軽いコンプレックスがありましたが
高2の時に一念発起して、ダイエットを始めました。
体重はみるみるへり、165センチなのに50キロを切るところまでいきました。

ところが高3になって受験期になると、関心事がダイエットから勉強に移りました。
また親の希望(医学部)に沿わない進路を選んだため
「医学部に行かないなら○○大ぐらい入ってもらわないと困る」と言われ
それがものすごい重圧となり、食べて勉強し、食べて勉強しで、あっという間に10キロ太りました。

精神的には親のロボット、いや奴隷であった私は、とりあえず親の指定した大学に進学したものの、心は空虚でした。
しかし小さいときから「他人よりいい成績である」ことに最大の価値を置く母親、それから常に父親の顔色をうかがう生活
親が気に入らないことがあれば、さとすよりまず殴る・たたく。
そんな家庭から離れて下宿を始めたときには本当にせいせいして嬉しかったです。
一人暮らしがさみしいという友人が信じられませんでした。今でも親のことは嫌いです。

下宿を始めてとりあえず再びダイエットをして5キロぐらいやせたものの
その後にはすぐ過食し、嘔吐するようになりました。
嘔吐することをどうやって知ったのかは覚えていません。
多分やってみたらすぐ吐けたのかな?
最初は1週間に2回ぐらいだったし、「食べ過ぎちゃったなー」ぐらいで
まさかこれが長く苦しい過食嘔吐の入口だとは思っていませんでした。

3年生になると、過食嘔吐を1日に最低1回はするようになりました。
友達が誘ってくれても、なんだかんだと理由をつけて断り、頭の中は今日の食べ物はどこで買うか、ということでいっぱいでした。

4年生になると、卒論を書くことが主な作業となり
時間に融通がきくようになったこともあり、過食嘔吐はエスカレート。

1日に3回、4回と過食嘔吐を繰り返し、食べ物がなければ卵とバターと小麦粉を混ぜて
あっという間にクッキーのようなものをオーブントースターで焼いて食べるようにさえなりました。
当然勉強は進まず。集中力も低下。
ものを口に詰めこみながら、無意味に本やノートを机に広げ、夜明けまでただただぼんやり眺めていただけの日も数知れず。
「あなたの論はおんなじところを回っているばかりで全然進んでいない」と指導教官にも怒られ
ものすごく焦りは覚えたものの、下宿に帰ればやっぱり過食嘔吐の連続で、「助けて、私はどうなるの」と半狂人のように感じていました。

それでも何とか卒業し、過食嘔吐も誰にも知られず、会社に就職しました。
その部署で初の女性総合職として採用され、気持ちだけは「私が頑張らないと後が続かない」
「やらなくちゃ、やらなくちゃ」というものでしたが、やはり寮に帰れば過食嘔吐。
休日も同僚の目を盗んでトイレで嘔吐、という悲惨な毎日で、仕事中も集中力が続きませんでした。

23歳の時今の夫に出合い、24歳で結婚しました。
夫がすぐに海外に赴任したため、新婚生活は海外で始まりました。
生活が激変したこと、また実家の戸籍からも名を抜き、完全に法的に親から離れたことで、ぴたりと過食嘔吐が止まりました。
海外からは1年少々で帰国したのですが、結婚後11年間、全く症状が出ませんでした。
この間妊娠・出産で2人の娘を授かりましたが、その間も平穏に過ごすことができ
「あの苦しい過食嘔吐の時代は何だったのだろう」と思うくらいでした。

ところが何と11年もたってから再発。
スポーツを始めて少しやせたところ、「この体重をキープしたい」と思い始めたのがきっかけです。
我ながら本当に信じられませんでした。
どうしてまたこの病気が出てきてしまったんだろう。
まるで壁に塗り込められた死体から怨霊が抜け出し、私の血の中を巡り始めた、そんな恐怖をおぼえました。

「どうしよう、どうしよう」と思っているうちに
それまで晩ご飯の後にしか過食嘔吐していなかったのが、ある休日午前11時ごろからしてしまったのです。
これはまったく、学生のころ、たどったのと同じ経過です。

ということは、一日に3回、4回と過食嘔吐し、食べ物のこと以外は何も考えられない日が再び来るのか…
この考えが頭の中をよぎったとき、すでに経年増加の経験が一度ある私が感じた恐怖心は並大抵のものではありません。
嘔吐したとたん、次の食べ物のことを考える…
目の前にやらないといけないことはたまっているのに、食べることばかり考えて動けない…
すべてのことが面倒になり、まるで引きこもり状態で食べ続ける…、なんと恐ろしいことか。
人間であって人間でない。そう、覚せい剤の常用者と同じです。
ボール玉になって、その坂を転がり始めた自分が自覚できました。そしてすがるような思いでセンターにやってきました。

11年間も止まっていたのはなんだったのだろう…。
結局、環境の変化で辛かった心を封じ込めていただけなんですね。
母は私を肉体的・精神的に追いつめ、私は過食嘔吐。では私の宝物である二人の娘はどうなるのか!?
それを考えると、絶対に完治しなければならないと思います。

私には男の人に走るとか、借金をしてまで食べ物を買う、とかの経験はありません。
だからちょっとインパクトに欠けるかもしれないけど
この病気の恐ろしさはまさに「心とからだをむしばむ」という一言に尽きると思います。

停止しても、多分また再発します。
この病気は一度は自分の心に深く深く向き合わなければ絶対に治りません。
11年の停止を経験した私が保証します。(保証などされたくないですけどネ!)
一度しかない人生を無駄にしないよう、いっしょに完治をめざしましょう。

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20年間止められなかった過食嘔吐

女性 会社員 38歳 O型 大阪府

20年目です。
過食嘔吐が食べても太らない便利なただの手段であり
いつか自然に治るだろうと過食症の怖さを知らずに、すでに20年苦しんできました。

環境が変わったら、結婚したら、○○したらきっと治るだろうとの淡い期待はことごとく裏切られました。

前歯の裏のエナメルは溶けて歯は薄くなっていますが
治療するとしたら差し歯かインプラントしかないと言われました。

過食の症状が出始めると、食べられない時間はイライラし通し
他のことに集中できなくなり食べ物以外考えられなくなります。
とても人間らしい生活とは思えません。
過食にかける無駄な時間もお金があれば他にいろいろなことができるにと頭でわかっていても止められません。
たばこやお酒が止められても過食嘔吐がどうしても止められません。
もし、食べ物を買うお金がなくなったら???万引き?盗み?
この先には未来がありません。

自分で積極的に治そうと、食べたい自由にしたい暴走したいインナーチャイルドをどうにかしないと きっと道は開けないのだと、ここに出会って思います。
過食嘔吐が病気であって
自分の他にも苦しんでいる人がたくさんいることを知らなかった私は自分でどうしたらいいのかわからなかった。
見てみぬふりをするしかなかった。
もっと早い時期にみんなに会えればよかったと思いますが今からでも遅くないと
ここで会えたみんなから勇気をもらってこれから一緒にがんばっていけたらと思います。

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消えた生理

女性 学生 22歳 A型 千葉県


私は過食嘔吐が発症したのが去年の7月。
元々周期が短かかったのですが、3日ほどで終わる生理が全く来なくなりました。

原因は、半年で58→48に落とした無理なダイエット
一日2回ほどの普通食嘔吐で、体を酷使したからだと思います。

心配になって産婦人科に行きました。
卵巣、子宮に異常はないのですが
排卵を起こさせる脳の信号が出ていないかも知れないって、言われました。

ホルモンの精密検査をする為に採血だけして帰ってきました。
1週間後に結果が出るらしいです。
でも、ちゃんと信号が行くようになるまで2,3年は平気でかかると思います。
その間に生理がないと、子宮と卵巣が萎縮してしまうのでピルで生理を起こさせるそうです。

摂食障害で嘔吐していることも言ったのですが
やっぱり産婦人科の先生なので、嘔吐が体に与えるダメージまでは知らないようでした。
子宮を今すぐに使うわけでもないけれど、萎縮して元に戻らなくなるのは本当に怖いです。
努力して、授かる事ができるのなら、今はちゃんと体を管理しようと思いました。

生理が来なくなった時は、楽になったとかのんびり考えていたけど
過食症と言う病気がもたらす被害はこんな所まで及んでいるのか、と恐ろしくなりました。

変な癖、、、って思っていたけど、病気ってわかって良かったと思います。
この病気がもたらす体の故障は本当に怖いです。
みんなに、この病気の怖さを気づいてもらいたい

大好きな人との子供が欲しいです。

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増える下剤・減り続ける体重

 女性 自営業 30歳 A型 奈良県

 11歳の時、母の病死がきっかけで過食症が発生。
当然ぷくぷくと増え続け、14歳の時には63kgになっていた。
クラスメイトから「デブブス」といわれる日々が続き,ダイエットを始めた。

最初の頃はほとんど食事を取らないようにしていたが
いじめと食べたいというストレスから過食嘔吐、体重をコントロールするため下剤を服用するようになっていた。

痩せていく内に周りの目もだんだんと変化し、反対に「綺麗になったね!』と言われるまでになった。
痩せるのが益々快感になると同時に下剤が手放せない。
一日2錠ほどで効いていたのが、24歳の時には15錠〜20錠飲まなければ効き目が感じられなくなっていた。
(下剤の量が増えると腸管でけいれんがおきて、十分に排便できなくなるそうだ。
それを薬の効き目が弱いと感じて更に量を増やしてしまうケースになっていた。)

一日に何度もトイレに駆け込むけど出るものがないから水分がほとんどの状態。
低カリウム血症で通勤中の電車の中で倒れる事も何度かあった。
自分の生活費、過食嘔吐をするための食費(当時ほぼ毎日2〜3時間)、薬代(下剤)を稼ぐため
朝、夜と無理して働かざるおえない毎日。

自分自身を追い詰めている事は分っていたけど、それでも「太る」と思う恐怖感が頭から離れない。
外見ばかり気にしている卑屈な自分と、やっている事の異常さに気付いた頃には
過食嘔吐、下剤の乱用(大量摂取)が原因で、普通、少食嘔吐をするぐらいになるまで心も身体も衰弱し入院するはめに。

現在、結婚してからは夫(自営業)の仕事を手伝いながら,心療内科に通院中。
経済的なストレスはなくなったけど、過食嘔吐は週1回あるかないか。
下剤は一錠ずつ減らしながら(それでも8錠)常用している。
けど、普通、少食嘔吐はまだ回復していない。

うつ病の薬も服用している。体重は既に40kgをきっている。
この場所と出会って、真剣に恐ろしい病気なんだと自覚が持てるようになり
やっと自分自身を見つめ治してみようと思える気持ちになれた事を感謝します。

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大人になりきれない依存する心

 女性 自営業 46歳 A型 東京都


過食症を意識し出したのは20歳位から、きっかけは大学受験失敗からだったと思う。
その後は過激はダイエットの結果 生理不順 偏頭痛 精神的不安定。

そのバランスを取ろうとしてか、過食をして吐き出すことにより
自分がリセットされる感覚を覚えていた。
しかし それは全くの錯覚であった。

その後 意識にのぼらない位 日常に過食 嘔吐を繰り返していたと思う。
でも外見は スタイルもよく ハツラツとしているよう演じてきた。
でも、精神は病んでいった。

世間で成功すればするほど 過食は進み 不倫も当たり前のようにしていた。
罪悪感ゼロだから たちが悪い。

自ずと私の体は病み 不妊症になり長い不妊治療をすることになる。
そして 39歳の時には甲状腺癌にもなった。
主人との結婚生活も ほとんど破綻していたと思う。
そんな中 突然主人が他界した。
その後 半年はうつ病になった。

今は ひどい偏頭痛に悩まされている。
子供も思春期で反抗的になってきて 私は過食に逃げてきた。
でも もう精神的に限界なのを自分で感じてきている。
このままいったら 自分が壊れていくのが。
人一倍努力して 達成して それでも満たされない。
自己評価が低く 子供も誰も心底愛せない。
このままいったら 私は精神的に破綻してしまうだろう。

何かに依存して これまではきた。
それは過食であり セックスだったのかもしれない。
でも 自分にはわかっている。
そんなことで 本当の心の平和は訪れないと。

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